大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(う)2592号 判決

被告人 吉原哲郎 他三名

〔抄 録〕

A弁護人、B弁護人の各論旨第一点及びC弁護人の論旨について。

原判決引用の証拠を綜合すれば、原判示冒頭の事実及び第一の(一)の如く被告人四名が多衆の威力を示し且つ共同して夫々平沢政誉に暴行を加え、第一の(二)の如く被告人根本重太郎が多衆の威力を示して平沢政誉を脅迫し、第二の如く被告人坂入清、同堤年光の両名は共同して平沢政誉が腕にしていた腕章を強いて取り外して同人に暴行を加えた事実を十分認めうるのである。而して、暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条第一項に謂う数人が共同して暴行を為すというのは、その数人の間に所謂共犯関係のあることを謂うのであるから、数人が同一場所で同一機会に互いに他の者の為す暴行を認識してこれを利用して為す場合即ち共同犯行の認識のある以上はその行う数人の暴行行為に多少の時間的前後があつても差支のないものと解せられ、A弁護人所論の如く数人が同時一齊に暴行をしなければならないものとは解せられない。本件は正に同じ場所で同一機会に被告人等が互いに他の被告人の為す暴行を認識し互いにこれを利用して平沢政誉に暴行を加えたもので、所謂共同犯行の認識の存する共犯関係に在るものと認めうるので、正に右法条に共同して暴行を為した場合に該当するのである。

ところで、原審が証拠に採用した証人平沢政誉の原審公判供述及び検察官に対する第一回乃至第三回供述調書の信憑性につき按ずるに、原審は勿論右証拠中でも原審認定に反する部分は事の性質上当然これを採用しなかつたものと認められるのであるが、同証人の原審公判供述及び検察官に対する供述調書の全体を検討すれば、その供述中には所論の如く前後多少相違する点も存するのであるが、人の記憶は時と処によつても変化を生じ、又記憶している事柄を表現することに至つては時と処によつて大なる影響を受けるものであるから、平沢証人の供述の前後における多少の相違は記憶違い或いはその表現の巧拙による差違と認めるのを相当とし、同証人が殊更故意に被告人等に不利益な供述を為すが為に生じたものとは認め難いのである。更に、平沢政誉の公判供述及び検察官に対する供述調書を原審証人塚本敦三、大山静子、少田部彦市の各原審公判供述その他原判決が証拠に採用した証拠に対照して検討すれば、平沢政誉の供述は客観的事実をなるべくありのままに供述しようとして供述したものと認められ、誇張や虚偽のものとは認められない。

よつて、平沢政誉は所論の如く本件町村合併問題については被告人等と反対の立場に在り、又本件被告事件の告訴人ではあるが、その供述が所論の如く信憑力のないものとは認められないのである。

そして原審がその取り調べた証拠の中原審認定に反する部分を信用しなかつたことは、これ等の証拠を原判決引用の証拠と彼此対照すれば、まことに相当であつて、被告人等に有利に現われている証拠こそ事実を曲げて供述されたものと認め得るのである。原審の右措置は何等実験則に違背するものとは認められないのである。

原審取調のその余の証拠及び当審取調の証拠によつてもC弁護人所論の如く平沢政誉に被告人等を挑発する意思あり、又被告人等の本件所為は平沢政誉の不法な行為を単に問責するに過ぎないものであるとの事実或いはB弁護人所論の如く腕章は平沢政誉が自発的に取り外したものであるとの事実を認めて、原審各認定を覆すには足らず、その他本件記録を精査しても原審各認定に事実誤認ありとは認められない。

所論は要するに原審が信用しなかつた証拠によつて原判決の事実認定を非難するにすぎないものであつて、採用のできないものである。論旨は何れも理由がない。

(久礼田 武田 石井文)

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